会津若松城

 江戸時代

東北を代表する城で、戊辰戦争の激しい籠城戦でも知られる。当初は通常の瓦で葺かれていたが、冬の凍結で瓦が割れることが多く、江戸前期に開発された割れにくい赤瓦に葺き替えられた。

上のイラストと同じアングルだが、復元資料の多い幕末の状況を想定している。ここでは赤瓦の色を強調したほか、地形の高低からの推定で、堀の一部を空堀に描いている。

天守内部がわかる史料は残されていないが、一定の逓減率を持つ外観から、内部は母屋部を入側が取り囲む構造だったと推定される。特徴的なのは天守が天守台いっぱいに建てられず、塀で囲まれていることで、初期の天守形態の一つと考えられる。石蔵は上下2段になっていたと考えられ、下段には井戸もあった。

122  会津若松城

152  会津若松城

126  天守断面

(戊辰戦争時)

阿津賀志山合戦

 鎌倉時代

509  阿津賀志山合戦

宮城県との県境に近く、奥州街道が谷にさしかかる場所。鎌倉時代初期、幕府を開いた源頼朝方の軍と、平泉を中心に栄華を誇った藤原氏がここで激突した。藤原方は三重の空堀による長塁を築いて幕府軍を迎えうったが、破られて敗走した。

摺上原合戦

 戦国時代

681  摺上原合戦

伊達氏と蘆名氏が戦った、戦国時代の東北で最大規模の合戦。蘆名氏は敗走し、伊達政宗が東北随一の戦国大名の地位を確立した。右上は磐梯山、左下が猪苗代湖。

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