小田原城 

 戦国時代

戦国時代後期。このイラストは、秀吉との戦いを想定して描いたもの。より巨大な外堀が造られ戦国時代最大の城になった。

小田原城では障子堀と呼ばれる独特の堀が多用された。

戦国時代の小田原城。まだ惣構えは造られていないが、それでも当時最大級の城で、武田信玄や上杉謙信の大軍も攻め落とせなかった。イラストは信玄に攻められた際を想定している。

689  小田原城

133  小田原城の堀

792  小田原城

小田原城 

 江戸時代

132  小田原城

戦国城郭の中でも随一の規模を持っていた北条氏の小田原城跡を利用して築城された。江戸時代の間も、背後の山には縦横に張り巡らされた戦国時代の空堀が残っていたことが、幕末期の絵図からわかる。

石垣山城 

 安土桃山時代

211  石垣山城

秀吉が北条氏の本拠、小田原城を包囲し攻めるための本陣として築いた。陣城としては異例の本格築城だが、小田原開城の際にはまだ天守は完成していなかったと想定して復元。

三崎城 

 戦国時代

293  三崎城

北条氏の水軍の拠点。奥に見えるのは城ヶ島。

津久井城 

 戦国時代

776  津久井城

後北条氏による築城で、八王子城と同じく山頂の曲輪には石垣が使われている。

横浜港 

 明治時代

430  横浜港

横浜はもともと河口に発達した砂州で、開講当初は地形を利用した堀で外から切り離された島となっていた。イラストは明治中期の状況で、中央の公園が現在の横浜スタジアム、手前の堤防が大桟橋に当たる。左の道路が斜めになった地域が中華街。

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(元太郎が所属する城研究会)

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