熊本城 

 江戸時代

加藤清正が築城した当時を推定復元。詳細は不明だが、築城時の縄張りや建物は、後の細川時代とは異なる部分があったと思われる。

幕末期の熊本城 加藤氏が改易となった後、熊本には細川氏が入り、大規模な改修を行った。清正公石垣と呼ばれる雄大な石垣が築かれ、天守や小天守以外に五階櫓が5つも立ち並んだ。

南東から見た天守と小天守の断面。いずれも石垣内の地下室(石蔵)がある。小天守地下には井戸とかまどが設けられていた。

別角度(北東)から天守内部を見る。手前は、本丸北の一角にある通路で、狭い地下道を経て本丸北の空堀に抜けることができる。

熊本城の現存櫓の中で最も重要とされる宇土櫓。地上5階、地下1階の大型櫓で、別名「三の天守」と呼ばれた。

115  熊本城

113  熊本城

114  熊本城

116  熊本城

117  熊本城宇土櫓

肥後田中城 

 戦国時代

325  肥後田中城

「肥後国人一揆」で一揆軍が入り、秀吉方の大軍を相手に籠城した。下には寄せ手の仕寄も描いている。

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(元太郎が所属する城研究会)

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