熊本城 

 江戸時代

113  熊本城

幕末期の熊本城 加藤氏が改易となった後、熊本には細川氏が入り、大規模な改修を行った。清正公石垣と呼ばれる雄大な石垣が築かれ、天守や小天守以外に五階櫓が5つも立ち並んだ。

考証 香川元太郎 2003年 PHP研究所『名城を歩く』10

114  熊本城天守

南東から見た天守と小天守の断面。いずれも石垣内の地下室(石蔵)がある。小天守地下には井戸とかまどが設けられていた。

考証 香川元太郎 1994年  学研『名城の天守総覧』

115  熊本城創建時

加藤清正が築城した当時を推定復元。詳細は不明だが、築城時の縄張りや建物は、後の細川時代とは異なる部分があったと思われる。

考証 加藤理文 2012年 『歴史群像111 2月号』

116  熊本城本丸

北東から天守内部を見る。手前は、本丸北の一角にある通路で、狭い地下道を経て本丸北の空堀に抜けることができる。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

117  熊本城宇土櫓

熊本城の現存櫓の中で最も重要とされる宇土櫓。地上5階、地下1階の大型櫓で、別名「三の天守」と呼ばれた。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

田中城 

 戦国時代

325  肥後田中城

「肥後国人一揆」で一揆軍が入り、秀吉方の大軍を相手に籠城した。下には寄せ手の仕寄も描いている。

考証 西股総生 2007年 『歴史群像85 10月号』

田原坂の戦い

明治時代

750 田原坂の戦い

明治の西南の役で激戦地となった熊本郊外の丘陵地。野戦築城も行いながら、薩摩軍と政府軍が激戦を繰り返し、多数の戦死者を出した。この戦いは政府軍が制し、薩摩軍は退却に転ずる。

考証 中尾豊 1990年 歴史群像シリーズ21『西南戦争』

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

学研「歴史群像 デジタル歴史館」

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