安土城

 安土桃山時代

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信長最後の本城。東からの鳥瞰で、右下はかつて六角氏の本城だった観音寺城。

南西からの鳥瞰。安土城は、城だけでなく大規模な城下町が計画的に建設されたことでも画期的だった。

安土城周辺は明治以降、水田などが開発されたが、当時は琵琶湖の内湾が入り込んで半島状になっていた。

大手となる南側からの鳥瞰。安土城は、それまでにない大規模な石垣・瓦を用いた城郭建築・天守(天主)を持つ事が画期的だった。

南東からの鳥瞰。城内には石垣作りの曲輪が多数あり、それぞれが家臣たちの屋敷となっていた。

安土城天守 信長の居館でもあった。内部の障壁画は信長公記などに詳しい記述が残されているが、全体像には不明点も多い。

天守の一段下に設けられた御殿で、天皇を迎えるための御幸御殿として建てられたと推定されている。

信長が安土城内に建立した。堂内には須弥山をイメージした盆があったと推定される。安土城が廃城となった後も寺は存続した。

7   安土城鳥瞰

5   安土城鳥瞰

9   安土城鳥瞰

2   安土城鳥瞰

3   安土城鳥瞰

4   安土城

1   安土城本丸御殿

6   安土城摠見寺

彦根城

 江戸時代

天守や天秤櫓などが現存している。典型的な平山城で、丘を利用した城の中心部は曲輪が直線的に並ぶ連郭式の縄張り。創建当時、まだ表御殿や玄宮園は造られていなかった。

三重の堀に囲まれた広大な構えは、譜代大名の筆頭格だった井伊家の城ならでは。イラスト上は琵琶湖の内湾で、湖水を防御と水運の両面に利用した彦根城は、水城と捉えることもできる。

58  彦根城(創建時)

59  彦根城

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(元太郎が所属する城研究会)

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