近代の上海

 1860年頃 中国

149   近代の上海

左の丸い城壁に囲まれた地域が「県城」と呼ばれる古くからの街で、その東側には西洋列強の領事館や商社などの近代建築が立ち並んでいた。「租界」「バンド」などと呼ばれたこの地域はその後さらに発達し、現在の先進都市上海のもとになった。

考証 村松伸 1996年 『歴史群像シリーズ46 高杉晋作』

旅順港閉塞作戦
明治時代

437 旅順港閉塞作戦

日露戦争中、ロシア旅順艦隊の活動を阻止するため、旧日本海軍は様々な作戦を行う。夜襲も行われたが、港を囲む旅順要塞群の力で大きな成果が上げられず、旧日本軍は旅順要塞の制圧に力を注ぐこととなった。

考証 有坂純 1999年

『歴史群像シリーズ59 激闘旅順・奉天』

満州国建国式典

1932年 中国北東部

438  満州国建国式典

旧日本陸軍(関東軍)が清の最後の皇帝、溥儀を立てて建国したのが満州国で、その式典はほとんど関東軍によって行われたものだった。

考証 来村多加史 2006年 『歴史群像シリーズ84 満州帝国』

439  印を受ける溥儀

形の上では清(満州民族)の伝統に即した儀式。

考証 来村多加史 2006年 『歴史群像シリーズ84 満州帝国』

旅順要塞の攻防

 1904年 中国遼寧省

444   旅順要塞の攻防

旅順要塞の攻防は、日露戦争の焦点だった。中でも東鶏冠山砲台は難攻不落で、旧日本軍はこれを繰り返し攻めて、多数の犠牲を出した。左側の斜面にあるのが旧日本軍の塹壕。これも含めて、当時の軍による詳細な地図が残されている。

考証 香川元太郎 1999年

『歴史群像シリーズ59 激闘旅順・奉天』

敖倉(ごうそう)

 BC3~2世紀 中国

うえへ

630   敖倉

古代中国では、たびたび穀物の貯蔵庫が造られたが、中でも秦が構築した「敖倉」はひときわ巨大なものだった。現在はその位置も不明だが、同時代の穀倉遺構などから推定復元した。

考証 来村多加史 1993年

『歴史群像シリーズ32 項羽と劉邦上巻 』

万里の長城

 BC3世紀 中国

632  版築

版築は土を突き固めて壇を作る工法。板枠を用いて隅まで強く固め、垂直に近い壁を造る。古代の中国では城壁や建物の基壇など、さまざまな工事に版築が使われた。万里長城も,秦時代には版築城壁だった。

考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『中国5千年』

633  万里の長城

丘陵部

秦の始皇帝時代の万里の長城イメージ。当時の長城は版築で築かれ、外側には空堀が掘られていた。要所には小要塞や門が造られた。

考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『中国五千年』

636  万里の長城

平野部

特に平地に造られた場合の施設の例を示した。左上が城外側で、このように川を外堀に利用したり、柵列を廻らせたりすることもあった。城内側には、兵の駐屯地も造られた。

考証 来村多加史 2000年 『歴史群像43 夏秋号』

637   烽火台

中国では古代から、辺境地防衛のため万里の長城をはじめとするさまざまな施設が造られた。烽火台も数多く造られたと思われ、その典型的な形をイラスト化した。

考証 来村多加史 2000年 『歴史群像43 夏秋号』

臨淄(りんし)

 BC5~3世紀 中国山東省

うえへ

634  臨淄(りんし)

中国古代の春秋・戦国時代に栄えた斉の都城。斉の始祖は太公望とされ、諸国をリードする存在だった。現在も宮殿の跡「桓公台」や右下の排水口遺構などが残る。宮殿は階段ピラミッドのような基壇の上に建てる「高台建築」で、外観は高層建築のように見える。

考証 来村多加史 2005年

『歴史群像シリーズ78 争覇春秋戦国』

長平の戦い

春秋戦国時代

640 長平の戦い

戦国時代最大の戦い。長平城(右上)から誘い出された趙の大軍は、秦軍の計略にはまり、包囲された。秦軍の柵に閉じ込められ,最後を遂げた趙軍は,40万とされる。

考証 来村多加史 2005年

『歴史群像シリーズ78 争覇春秋戦国』

元の大都

641 元の大都

モンゴル帝国のフビライが中国に元を建国した際、都とした。中央南寄りに宮殿があり、湊も持っていた。現在の北京の前身。

考証 佐竹靖彦 1991年

『歴史群像シリーズ26 チンギス・ハーン下巻』

大オルド

 13世紀  モンゴル帝国

643  オルド

モンゴル帝国は広大な国土を配下におさめたが、移動生活が基本の民族だけに、チンギス・ハーンを始めとするハーン(王)の宮殿「オルド」もたたんで移動することができた。その形は、巨大なゲル(モンゴル式のテント)を中心にしたものと推定される。

考証 宮脇淳子 2007年

『歴史群像シリーズ特別編集 チンギス・ハーン』

中国戦国時代の宮廷
春秋戦国時代

644 宮廷

戦国時代の宮廷では、634の臨淄でも描いた高台建築がよく使われた。階段ピラミッドのような土壇に屋根や回廊を廻す。

考証 来村多加史 2005年

『歴史群像シリーズ78 争覇春秋戦国』

アユタヤの軍象

15世紀頃

うえへ

647 アユタヤの軍象

アユタヤは、日本では室町時代から江戸中期頃に存在し、タイ中部を中心に栄えた王朝。象を用いた軍もあったという。

考証 香川元太郎 1993年 『歴史群像8 8月号』

648 象の飼育場

アユタヤでは象は特に重視され、象の飼育場もあった。

考証 香川元太郎 1993年 『歴史群像8 8月号』

鄱陽湖の戦い

1363年

649 鄱陽湖の戦い

中国では元王朝末期、白蓮教徒による反乱軍(紅巾軍)の挙兵に端を発し、有力武将たちも挙兵して内乱状態となる。鄱陽湖は江州の南にある湖。ここでの水軍戦で陳友諒を破った朱元璋は勢力を拡大、大都を占領して明の初代皇帝となる。

 考証 来村多加史 2000年

『handbook戦略戦術兵器事典中国編』

長安(ちょうあん)

 7世紀 中国中国陝西省

654   長安

洛陽と同じく、古代中国で何度も都とされた。イラストでは長安が最も栄えた唐の時代を想定。古代日本の都だった平城京や平安京なども長安に倣ってプランニングされた。

考証香川元太郎 1996年 世界文化社『中国五千年』

咸陽(かんよう)

 BC3世紀 中国陝西省

655   咸陽

秦の都であった咸陽では、大規模な宮殿遺構が発見されている。その一方、古代中国の都につきものの城壁遺構は発見されず、全容はまだ謎の部分が多い。

 監修 来村多加史 1995年『歴史群像シリーズ 44秦始皇帝』

邯鄲城
戦国時代

うえへ

656 邯鄲城

中国の戦国時代、趙の都として栄えたが、長平の戦いの後、秦が趙へ侵攻、ついに邯鄲も落城する。秦に包囲された状況を想定して描いた。

 監修 来村多加史 1995年『歴史群像シリーズ 44秦始皇帝』

平壌(ピョンヤン)

 612年 北朝鮮

657  平壌を攻める隋

平壌は高句麗の都だった。隋は高句麗をたびたび攻めたが失敗し、それが隋の滅亡を加速させた。古代の朝鮮半島では中国の都城に似た城もあったが、山を利用した独特の城も発達し、その技術は百済を通じて古代日本にも導入された。

考証 香川元太郎 1999年

学研『戦略戦術兵器事典 中国中世・近代編』

洛陽(らくよう)

 1世紀 中国河南省

658   洛陽

古代から何度も首都となった伝統の都。イラストは後漢時代を想定している。北宮、南宮の2つの宮殿を中心に、庭、廟、武器庫などがあった。後の魏の時代には邪馬台国の使者も訪れたと思われる。

考証香川元太郎 1996年 世界文化社『中国五千年』

長安西市

 唐時代  中国

659  長安西市

唐の都、長安には東西2箇所に市が設けられ、西の市は民間の商人による市場として特に賑わった。長安はシルクロードの終着点で、西方からの品々と旅人が集まる国際都市だった。

監修 妹尾達彦 1992年 『歴史群像4 12月号』

蓬莱水城

 14世紀 中国山東省

660   蓬莱水城

明の時代に、山東半島に築かれた水軍基地で、主に倭寇の侵入に備える目的で築かれた。明代の築城では、城壁も版築に変わって、瓦の一種である磚(せん)や石が使われるようになってくる。

考証 来村多加史 1999年

学研『戦略戦術兵器事典 中国中世・近代編』

紫禁城

661 紫禁城

北京市内。元・明・清王朝の中国の王宮で、現存するのは清時代の建物。現在も故宮博物院等として中国のシンボル。かつては、この外側を取り囲む皇城もあった。

考証 香川元太郎 1997年  世界文化社『中国五千年6』

ポルテ奪還戦

 12世紀 モンゴル

672  ボルテ奪還戦

若き日のチンギス・ハーンはテムジンと呼ばれ、将来を嘱望される武将だったという。その妻ボルテがメルキト族に拉致される事件が起きるが、テムジンは有力者の協力も得てメルキト族を撃破し、妻も奪還して名を上げた。

考証 香川元太郎 1997年

『歴史群像シリーズ25 チンギス・ハーン上巻』

南征
2世紀

677 南征

三国時代、劉備の死後、その子劉禅が蜀の帝位に付き、諸葛亮(孔明)が軍の中心を担う。国の南部で起きた反乱を納めたのが「南征」で、この後、孔明の戦略は魏との対決「北伐」に向かう。

考証 香川1994年

世界文化社『ビッグマンスペシャル 諸葛孔明』

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

学研「歴史群像 デジタル歴史館」

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