江戸城 

 江戸時代

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南から見た江戸の全体像。築城工事は家康時代から断続的に行われ、三代将軍家光時代(寛永期)に完成した。町全体を囲む惣構えは日本の城の中で最も大きい。

北西から見た江戸城の主要部。手前左が、現在武道館などがある北の丸。千鳥ヶ淵を挟んで手前右が西の丸。寛永期まではここに御三家の屋敷があった。

東から見た本丸と二の丸。儀式や政治の場であった本丸御殿に対し、二の丸御殿は庭も広く風雅な造りとなっていた。

西から見た天守。江戸城には、家康時代にも秀忠時代にもそれぞれ天守があったと思われるが、確実な資料が残り、ほぼ正確に復元できるのは三代目の寛永期天守だけ。

北から見た寛永期天守。江戸の町を火の海にしたという明暦の大火で、御殿などと共に焼失。その後天守は再建されなかった。

外観と同じ5階建て(地下を含めて6階)のシンプルな構造だが、各階の天井が非常に高い。当時、世界最大の木造建築だったと思われる。

儀式の中心となった表御殿を、屋根を取り除いて描いている。左端の長い廊下が、忠臣蔵で有名な松の廊下。

153  江戸城

161  江戸城主要部

154  江戸城二の丸

158  江戸城天守

162  江戸城天守

155  寛永期天守断面

160  寛永期本丸御殿

江戸城

 戦国時代

743 家康入城時の江戸城

戦国時代の江戸城は、太田道灌が築城し、のちに北条氏の配下となっていた。北条氏滅亡後に徳川家康が入場した時、御殿はかなり痛んだ状態だったが、家康は応急修理をして使ったと記録されている。

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(元太郎が所属する城研究会)

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