盛岡城 

 江戸時代

134  盛岡城

江戸時代後期の本丸入口を二の丸から見る。通常の橋のほか、2つの廊下橋がかけられた複雑な構造。建て増しを繰り返して、このような形になったと思われる。

考証 香川元太郎 1997年  世界文化社 『日本の城』

135  盛岡城

東北では数少ない総石垣の城。イラストに描いた江戸後期では、本丸御殿が建増されて、石垣下の段まで広がる珍しい構造となっていた。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

柳の御所 

 平安時代

357  柳の御所

奥州藤原氏の本拠地、平泉の鳥瞰で、山上の中尊寺や左の毛越寺など浄土教寺院が点在する。右下の柳の御所は、藤原氏の居館と推定されている。

考証 香川元太郎 1996年 世界文化社 『日本の城』

厨川柵 

 平安時代

362  厨川柵

平安時代後期、厨川柵が戦場となった後三年の役の攻防をイメージ。厨川柵の詳しい構造は不明。典型的な古代城柵よりも、中世平城に近いとの推定でイメージしている。

考証 西ケ谷恭弘 1993年 『歴史群像8 8月号』

毛越寺
平安時代

549 毛越寺

奥州藤原氏の都、平泉に造られた浄土教寺院のひとつで、特に規模が大きい。当時の伽藍は失われているが、池を中心にした庭園が残り、本堂も再建された。平泉の史跡群のひとつで世界遺産。

考証 香川元太郎 2000年

あすなろ書房 『日本人は石で何を作ってきたか』

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

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