高山陣屋
江戸時代

184 高山陣屋

江戸時代の天領陣屋の代表的なもので、現在も多くの建物が残されている。左の巨大な蔵は、高山城からの移築で、貴重な板葺き石置き屋根の建築。

考証 香川元太郎 1992年  理工学社 『復元図譜日本の城』

高山城
安土桃山時代

186 高山城

金森氏が築城した織豊城郭で、山上の本丸、中腹の掛け造りの数寄屋などが特徴。江戸時代前期まで使われていた。

考証 香川元太郎 1996年  世界文化社『日本の城』

高山城 

 江戸時代

187  高山城本丸断面

高山城は元禄年間に廃城となるが、その直前に調査図面が造られており、これを資料に描いた。その本丸は独特な構造で、御殿・天守・櫓が混然一体となっている。

考証 香川元太郎 1996年  世界文化社 『日本の城』

岐阜城 

 安土桃山時代

203  岐阜城

美濃を手に入れた信長が本城として整備した。山上の城と山麓の館が別れた古いタイプの城だが、石垣に巨石を用い、天守(天主)も設けられるなど、先進的な部分があった。

考証 香川元太郎 1996年  世界文化社 『日本の城』

松倉城 

 安土桃山時代

205  松倉城

高山市にある山城のひとつ。金森長近が戦国の山城を利用して築いた織豊城郭。後に金森氏が築いた高山城とともに、瓦を用いない杮葺きの建物と推定されている。

考証 佐伯哲也 2013年  『歴史群像118  4月号』

稲葉山城
戦国時代

237 稲葉山城落城

美濃の戦国大名、斎藤氏の居城。斎藤龍興の時、織田信長の攻撃によって落城した。

考証 香川元太郎 1995年 世界文化社

松尾山城 

 戦国時代

309  松尾山城

関ヶ原の南にある松尾山に築かれた城。関ヶ原合戦の際には廃城となっていたが、合戦の行方を決定付けた小早川隆景が陣城として利用した。

考証 中井均 2011年 『歴史群像105  2月号』

江馬氏館
室町時代

360 江馬氏館

飛騨の江馬氏館は、室町時代の領主居館の遺構で、全面発掘された貴重な例で、現在は会所(池の側の建物)が復元されている。発掘成果を用いて描いたが、土塁や塀は検出されておらず、そこだけ推定で描いている。

考証 香川元太郎 1996年 世界文化社『日本の城』

合掌造り民家

江戸時代

442 合掌造り民家

    (モデル下家)

屋根の勾配が強く、大きい屋根裏空間を斜めの叉首で支える構造の家。小屋組みを用いないため、屋根裏には柱が立たず、広い空間が養蚕などに活用できる。起源は古いと思われるが、現存する建物は明治期の形を残すものが多い。

考証 柿崎京一 2002年 
朝日ビジュアルシリーズ『週間 日本遺産 09白川郷・五箇山』

古代国府の構成 

 奈良時代

502  古代国府の構成

美濃国府をモデルとしている。中央には国衙を中心とした政庁施設があり、国分寺、国分尼寺も建立された。遠景は琵琶湖で、その手前の谷に不破の関がある。

2007年

加治田城
戦国時代

       加治田城

岐阜県南部の富加町を支配した国人領主、佐藤氏の居城とされる。典型的な戦国の城で、山上の山城と山麓の居館がセットになっている。美濃の斎藤氏、尾張の織田信長がこの周辺を舞台に合戦を繰り広げた。

考証 加治田町教育委員会 2016年 富加町蔵

久々利城 

 戦国時代

久々利城

(個人蔵)

可児市に城址が残る山城。久々利氏が居城としていたが、金山城の森氏によって奪われた。地形がよく保存されている。

個人蔵(株式会社パロマ)

金山城 

 安土桃山時代

 金山城

(可児市蔵)

もとは斎藤氏配下の戦国城郭だったが、織田信長が美濃を手に入れた際、森可成が居城として大規模に築城した。城下の木曽川には湊遺構も残る。

考証 中井均 2015年 可児市蔵

     金山城中心部

(可児市蔵)

金山城は典型的な織豊城郭で、岩山の各所に石垣が残る。全面的に発掘調査が行われており、イラストの建物も大半は礎石などをもとに復元した。

考証 中井均 2015年 可児市蔵

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

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