躑躅ヶ崎館
戦国時代

244  躑躅ヶ崎館

「武田館」とも呼ばれる武田氏の本拠。武田信玄時代を想定している。戦国時代の代表的な平城で、勝頼時代にはさらに曲輪が増設された。

考証 佐々木満 2007年 『歴史群像81 2月号』

822 躑躅ヶ崎館

武田氏の本城として有名。何度も改修や増設が行われたことがわかっており、最末期(豊臣政権時代)の状態を描いた。奥に見える山城が詰城の要害山城。

考証 香川元太郎 2017年

ベストパートナー(浜銀総合研究所)

御坂城

 戦国時代

277  御坂城

武田氏の築城による大規模な山城。本能寺の変の後、北条氏と徳川氏が甲斐の領有を争った天正壬午の乱では、北条氏が前線基地とした。街道の峠をまたぐように造られ、戦国の城の中でも極めて標高が高い。

考証 西股総生 2008年 『歴史群像90  8月号』

能見長塁

 戦国時代

323  能見長塁

「能見城」とも言う。武田勝頼の新府城がある台地上を遮断する長塁。新府城攻めの陣城とも考えられる。ここでは、天正壬午の乱の際、新府に入った徳川家康が、若神子城に入った北条氏に対抗するために築いたと想定。

考証 西股総生 2006年 『歴史群像79 10月号』

新府城

 戦国時代

789  新府城

武田勝頼が躑躅ヶ崎館に代わる本拠として築城。高い台地上の丘陵部を利用しており、下には「七里岩」と呼ばれる断崖がそびえている。武田氏滅亡後は、徳川氏の配下となった。

考証 西股総生  2016年 『歴史群像135 2月号』

若神子城
戦国時代

824 若神子城

武田氏の先祖ゆかりの城。本能寺の変後、旧武田領に侵攻した北条氏と徳川氏が争った天正壬午の乱では、北条氏直の本陣が置かれた。北と南の出城は、この時に築かれた陣城と思われる。

考証 香川元太郎 2018年

ベストパートナー(浜銀総合研究所)

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

学研「歴史群像 デジタル歴史館」

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