鶴岡城

 江戸時代

140  鶴岡城

小規模な平城で、ほぼ本丸のみの構成。しかし大手門は石垣造りの枡形虎口で、御殿奥に天守的な二階櫓があるなど、近世城郭の特徴を備えている。

考証 鶴岡市郷土資料館 2006年

朝日ビジュアルシリーズ『週刊藤沢周平の世界05』

米沢城下

 江戸時代

142  米沢城下

関ヶ原合戦の責を問われて改易された上杉氏の城下。城に対して城下町が大きく広がっているのは、石高を減らされても家臣を解雇せずに抱え続けたためという。

考証 小野 榮 2007年

朝日ビジュアルシリーズ『週刊藤沢周平の世界24』

畑谷城

 戦国時代

241 畑谷城

山形城を本拠とした最上氏が、上杉氏、伊達氏に対する最前基地として整備した。関ヶ原合戦直前に起きた慶長出羽合戦で上杉軍(直江兼続)の攻撃を受け、激戦の末落城した。

考証 三島正之 2009年 『歴史群像96 8月号』

館山城

 戦国時代

243  館山城

伊達政宗が米沢城近くの尾根の先端に築城した山城。正宗の会津侵攻の拠点になったと思われる。

考証 三島正之 2014年 『歴史群像124 4月号』

長谷堂城

 戦国〜江戸時代初期

259  長谷堂城

山形城の郊外に位置する最上氏の重要な支城で、戦国時代には伊達氏との攻防の焦点になった。もともと山城だが、最終的に、惣構えの堀も持つ平山城的な縄張りとなった。

考証 誉田慶信 2009年 『歴史群像97 10月号』

312 長谷堂城の戦い

関ヶ原の戦いに連動して起こされた慶長出羽合戦で、長谷堂城は上杉軍の猛攻を受けた。しかし城は持ちこたえ、関ヶ原での西軍敗戦を受けて上杉軍は撤退した。

考証 誉田慶信 2001年

歴史群像シリーズ特別編集『図説戦国合戦集』

酒田港

 江戸時代

753  酒田港

最上川河口の港。江戸時代には北前船の中心基地であり、東北一の港として栄えた。

考証 本間勝善 2007年

朝日ビジュアルシリーズ『週刊藤沢周平の世界11』

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

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