大坂城 

 安土桃山時代

大坂城は広大な惣構(町家も取り込んだ外堀)を持ち、合戦前には南の堀の外に真田丸も増設されていた。幕府軍はこれを攻めあぐねるが、大砲を多く用いたことで有利な講和に持ち込んだ。

秀吉時代の大坂城。前身となった石山本願寺の構造を反映したためか、縄張りが複雑で、現在の本丸がいくつかの曲輪に分かれている。

北側の山里曲輪から見上げる。「大坂夏の陣屏風」からの推定。形は昭和のコンクリート天守に似ているが、外壁が黒い。

13  大坂冬の陣

16  大坂城

17  大坂城天守

大坂城 

 江戸時代

江戸時代前期(慶長期)の大坂城。大坂の陣の際に埋め立て、破壊された秀吉時代の大坂城の上に、幕府が多くの大名を動員した天下普請で築かれた。広い堀と高石垣のスケールの大きさは、日本の城でも随一。

江戸時代中期の状況を想定した。大坂城は西国の要となる幕府直轄の城として城代が置かれていた。天守は落雷によって失われた後、再建されなかった。

同時期の江戸城天守よりわずかに小さいが、おそらく史上2番目に高い天守で、形も大変よく似ている。現在の大坂城天守は、この徳川時代の天守台(天守石垣)の上に、秀吉時代の天守をイメージして建てられた。

大坂城に現存する火薬庫。壁も床も天井も石造りで、木材は瓦を固定するためにしか使われていない。大坂城では、当初の煙硝蔵が火事の際に爆発して大被害を出しており、この経験から防火性の高い蔵が工夫されたという。だが同じタイプの煙硝蔵は、名古屋城、姫路城などにも存在したようだ。

15  大坂城(南から)

24  大坂城(東から)

26  大坂城天守

18  煙硝蔵

真田丸 

 江戸時代

大坂冬の陣で、豊臣方の真田信繁(幸村)が南の平野口に構築した出城。古図を基本資料とした中井均氏の復元案。

地理の専門家である坂井尚登氏の考証による。真田丸は、市街地となって遺構が残らないだけに、復元案も複数ある。

「大坂冬の陣屏風」には攻城方、守城方ともに様々な構築物を築いた様子が描かれている。これに伝承のあるトンネル戦法を加えて図示した。

14  真田丸

785  真田丸

19  真田丸の構造

岡ミサンザイ古墳城郭

 戦国時代

286  岡ミサンザイ古墳城郭

歴史上に名前の残る城ではないが、古墳を利用した城(砦)の典型例としてイラスト復元。

芥川山城

 戦国時代

294  芥川山城

高槻市に城址が残る三好長慶の居城。長慶の後も三好氏の城だったが、織田信長の攻撃によって落城した。典型的な戦国の山城。

当サイトはリンクフリーですが相互リンクはお断りしております。

Copyright (c) Gentaro Kagawa All Righrs Reserved.

このサイトのすべての画像・文章の無断転載・複製・改竄を禁じます。

 管理人 さちたろう

中学歴史教科書

学研「歴史群像 デジタル歴史館」

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

香川元太郎Twitter