松山城

 戦国時代

221  松山城

三方を川に守られた丘陵上に、空堀が網の目のように巡る。北条氏、武田氏が激しい攻防戦を繰り広げた。

考証 香川元太郎 2004年 学研『戦国の堅城』

大堀山城

 戦国時代

260  大堀山城

従来は館が発展した平城と考えられていたが、川越合戦のための陣城との説によって描いた。

考証 西股総生 2010年 『歴史群像新書103 10月号』

鉢形城と荒川の支城網
戦国時代

264 鉢形城と荒川の支城網

寄居の鉢形城は、北条氏がこの地域の拠点とした城で、城下集落や総構えも持っていた。そこから西へ、荒川沿いに点在する戦国城郭が、支城網を作っていたと想定して描いた。

考証 香川元太郎 1990制作 2012修正

学研 『戦国の城 上 関東編』

腰越城

 戦国時代

288  腰越城

史料が少ない城で、武蔵松山城の支城の可能性あり。戦国時代の山城の発達した防衛戦術を見る事ができる。

考証 西股総生 2010年 『歴史群像101 6月号』

虎ヶ岡城

 戦国時代

295  虎ヶ岡城

荒川沿いの山上にあり、鉢形城(寄居)の支城のひとつ。一部には石垣もある。

 考証 西股総生 2012年 『歴史群像112 4月号』

杉山城

 戦国時代

321  杉山城

武蔵松山城と鉢形城のほぼ中間にある。城址はよく保存されており、城としての完成度も高い。関東の土の城の典型例とされるが、明確な文献資料はなく、築城者についても諸説論争がある。

考証 西股総生 2003年 『歴史群像61 10月号』

熊倉城

 戦国時代

787  熊倉城

秩父の奥、荒川上流を望む城。戦国時代前期に長尾景春が関東管領の上杉氏に反旗を翻した際、その拠点として築城したと考えられる。

考証 西股総生 2015年 『歴史群像133 10月号』

柏原城

 戦国時代

812  柏原城

狭山市。入間川の段丘に作られた小さい城だが、横矢をかけられる土塁の張り出しが面白い。河越夜戦直前に上杉氏が築城したと想定。

考証 西股総生 2017年 歴史群像145 10月号

忍城
戦国時代

813 忍城

成田氏によって築城された水郷地帯の水城で、石田三成の水攻めにも耐えた。近世城郭として改修され、江戸時代にも存続したが、戦国時代の忍城は、江戸期よりも水堀(湿地を含む)が広かったと推定される。

考証 香川元太郎 2017年 ベストパートナー(浜銀総合研究所)

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

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