姫路城

 安土桃山代

 46    姫路城秀吉時代

もとは黒田官兵衛の城で、羽柴秀吉が、信長の下で中国戦線を戦う際、居城として整備した。当時は丘陵部分のみが城だったと推定される。

考証 多田暢久 1992年 歴史群像シリーズ『 豪壮秀吉軍団』

 49   秀吉時代の天守

秀吉の居城だった当時の姫路城は、初期的な織豊城郭だったと思われる。現在の姫路城天守を解体修理した際、別の建物から再利用された部材が発見された。これを秀吉時代の天守の材と考えてイメージした。

考証 香川元太郎 1996年

世界文化社ビッグマンスペシャル『秀吉の城』

姫路城 

 江戸時代

33  菱の門

姫路城の中心部(丘陵部分)の大手門に当たる二階櫓門。城内側から見ている。意外にも内部に階段はなく、1階と2階は入り口が別。

考証 香川元太郎 1995年 学研 『城郭建築の至宝姫路城』

34  塩櫓

天守曲輪の北側に配された多門櫓には、内部に井戸があるなど籠城への備えが見られる。内部は主に倉庫で、外観は連続した櫓だが、内部はそれぞれ独立した部屋となっている。中央部の多門櫓は塩が蓄えられていたとされ、「塩櫓」と呼ばれている。

考証 香川元太郎 1995年 学研 『城郭建築の至宝姫路城』

36  化粧櫓

西の丸を囲む多門櫓「長局」の最深部にある櫓で、二階は畳や障子が入る住宅的な造りとなっている。西の丸は徳川将軍家から千姫が本多氏に輿入れした際に整備されたが、化粧櫓も千姫の化粧料で建てられた事から名づけられた。

考証 香川元太郎 1995年 学研 『城郭建築の至宝姫路城』

37  天守断面

大天守と3つの小天守を渡り櫓で結ぶ構成は「連立式天守」と呼ばれる。中庭には2階建ての台所もあり、その構造は極めて複雑。解体修理報告書と現地取材を資料として描いているが、香川の城イラストの中でも、最も制作に時間がかかったもの。

考証 香川元太郎 1995年 学研『城郭建築の至宝姫路城』

38  江戸中期内郭

上のイラストと同じ想定で、角度を変えて描いたもの。現在建物が残されているのは丘を利用した部分(イラストでは上半分)だけだが、それでも現存建物の数は他の城に比べて群を抜いている。

考証 香川元太郎 2003年

朝日ビジュアルシリーズ『週刊日本遺産 姫路城』

39  創建時の姫路城

現存する天守は池田輝政によって造られたもので、当時の様子を想定した。後に建物が建ち並ぶ西の丸(左)は、当時の状況は不明。

考証 中井均 2010年 『歴史群像99 2月号』

40 姫路城 惣構え

江戸時代の姫路城は、城下町を取り囲む惣構えを備えていた。その規模は江戸城に次ぐもので、それぞれの虎口に枡形門を備えていた。

考証 多田暢久 1992年 『歴史群像シリーズ  豪壮秀吉軍団』

41 姫路城 天守断面

うえへ

西から見て、小天守を取り除いてその地下を見せている。連立天守の渡櫓の下にある水五の門を潜ると、小さな枡形空間がある。西小天守の地下の水六門を入り、建物内を通ってやっと中庭に出る。

考証 香川元太郎 1997年  世界文化社 『日本の城』

42 姫路城

ぬの門櫓断面

場内に現存する門の中でも、二階造りの渡櫓門は唯一。外見では隣の渡櫓と繋がっているが、内部は連続しない。

考証 香川元太郎 1995年 学研『城郭建築の至宝姫路城』

43 姫路城 天守3階

大天守内でも特に3階は天井が高い。高い窓を利用するための石打棚がある他、屋根裏を利用した部屋が周囲を巡る立体的な構造。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

45  姫路城 にの門

菱の門から天守に向かうルートで5番めの門。櫓の地下をL字型に折れながら潜り抜ける特殊な構造の門。

考証 香川元太郎 1995年 学研 『城郭建築の至宝姫路城』

47  江戸中期内郭

西の丸や三の丸の御殿も完成した状況。平成に入ってから、江戸中期(1700年前後)の建物配置を記した平面図が発見され、当時の御殿配置などが分かるようになった。

考証 香川元太郎 2001年

 PHP研究所 歴史街道スペシャル『名城を歩く』1

48  姫路城鳥瞰

40と同様に、江戸時代の総構えの全体像。内堀から中堀、外堀へと、堀が渦巻き状に伸びる構成となっていることから、渦郭式縄張りとの呼び方もある。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

50  姫路城天守曲輪

41と同様に、天守曲輪に小さい門が連続する極めて堅固な防御プランを見せたもの。左下の「ほの門」から、西小天守地下の「水六門」まで、合計7つの門がある。

うえへ

竹田城
安土桃山時代

51 竹田城

「天空の城」として有名。豊臣政権時代に赤松広秀が完成させ、江戸時代初期に廃城になる。総石垣で完成度の高い織豊城郭。建物は推定で描いた。

考証 香川元太郎 1996年

世界文化社『ビッグマンスペシャル 秀吉の城』

篠山城

 江戸時代

216  篠山城

幕府の命によって造られた天下普請の城。縄張りは藤堂高虎。名築城家と言われた高虎は、幕府の城でも度々縄張りを担当しており、特に篠山城の築城で近世城郭の典型的なパターンを完成させたと思われる。

考証 篠山城教育委員会 2002年 『歴史群像52 4月号』

和田岬砲台

 江戸時代

376  和田岬砲台

幕末の砲台だが、それまでの砲台とは異なり、石造りの塔に設置された。「マルテロ塔」など、同時期のヨーロッパの小型要塞に似たものがあり、これらに倣ったと思われる。稜堡状の外郭もあった。

考証 香川元太郎 1997年 世界文化社 『日本の城』

日本城郭史学会

(元太郎が所属する城研究会)

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