アテナイ(アテネ)

 BC5世紀 ギリシャ

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627 アテナイ

アテナイは、パルテノン神殿のあるアクロポリスを中心にした都市(右上)だが、地中海貿易が盛んになると、港町ペイライエウス(左下)が発達した。ここを基地としたのが、ギリシャ随一と言われたアテナイ海軍。アテナイとスパルタが覇権を争った時期に、本市街とペイライエウスを結ぶ大城壁が完成した。

ハドリアヌス・ウォール

 2世紀 スコットランド

ローマ帝国の全盛期(2世紀)ハドリアヌス帝はそれまでの拡大戦略から、国土防衛重視に戦略を転じ、辺境の各地で城壁を築いた。中でもスコットランドの城壁は全長120㎞の長城で、小塔や砦が点々と置かれて、北方民族の侵入を防いでいた。

内側に馬出し状の小曲輪を備えた二重構造で、門の上には小塔が設けられたと思われる。

後の中世ヨーロッパで発達した城も、これらローマ時代の築城法が基礎になっていた。

603

ハドリアヌス・ウォール

604    門

ローマの攻城塔

 1世紀前後 古代ローマ

618  ローマの攻城塔

ローマ時代には攻城塔など城攻めの道具も生まれ、その後、大砲が登場するまで、千年以上もほぼ同じ構造のものが使われていた。

イラストは、ユダヤ戦争でのマサダ要塞の攻防を想定したもの。

モット&ベイリー

 中世ヨーロッパ

ノルマン人(バイキング)達が古くから用いていた素朴な城。「モット」は土盛りのことで、城主の住む「キープ」が建てられた。これが本丸とすると二の丸に当たるのが「ベイリー」。この形式に、ローマの石積み技術を取り入れる事で、中世ヨーロッパの城が生まれたと言われる。

同形式の城で、細かい部分が異なるパターン。ロンドン塔も、ノルマン出身のウイリアム征服王が最初に築いた城は、モット&ベイリーだったとされる。

595 モット&ベイリー

602 モット&ベイリー

シェル・キープ

 中世ヨーロッパ

601 シェル・キープ

木造建物が石造りの城壁で囲まれたもの。この城壁が高くなって2階が造られ、全体に屋根が掛かれば中世の城の塔やキープとなる。城壁に沿って建つ木造建物は、後の時代の城でもよく見られる。

中世の城

 中世ヨーロッパ

594 中世の城

中世の城に見られる様々な構造物を集めて描いた架空の城。内部に部屋を持つ塔を城壁で結ぶのが典型的な築城のパターンで、外郭と内郭の二重構造になるものも多い。中心の塔は城主の館でもあるキープ。これらの建物は必ずしも石だけで造られるわけではなく、内部の床や屋根、張り出し歩廊などは木造になることも多い。門には、よく跳ね橋などの仕掛けが設けられた。

このような施設が整った城を当時の武器で攻め落とすのは難しく、トンネル戦法が最も有効な攻城法だったとされる。

カルカソンヌ

 中世 フランス

598 カルカソンヌ

ローマ時代から中世にかけて造られた城郭都市で、街を含む外郭と領主の城となる内郭からなっている。現在のカルカソンヌは19世紀の復元建築が含まれるものの、中世の城郭都市を現代に残す貴重な遺構。

パリ

 16世紀 フランス

612 パリ

百年戦争の後、フランスの首都として発達したパリの様子を、古地図から復元。

中央がノートルダム聖堂のあるシテ島で、広大な街が城壁によって囲まれ、いくつかの王城や宮殿も存在し、 中央上には、当時は城として使われていたバスチーユ城もある。

バイキングの航海

 9世紀 ノルウェー

621 バイキングの航海

ノルマン人(バイキング)は8世紀頃から、新しい移住地を求めてヨーロッパ各地に遠征した。バイキング船は発掘調査や復元が行われており、シンプルだが美しいフォルムで知られる。

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(元太郎が所属する城研究会)

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